「そうだ・・・。サクラ、ちょっと頼まれてくれる?」




あの後、軽い微睡(まどろみ)から醒めたカカシ先生が、思い出しように話しかけてきた。




「なに?」

「オレ、忍犬口寄せしたまま倒れちゃったでしょ・・・。アイツら今頃、帰るに帰れず困ってる筈なんだ」




そう言えば・・・。

私が瓦礫の下敷きになってもがいてた時、カカシ先生の忍犬達が助けにきてくれたんだっけ。

その後、先生がやられてるのを発見してバタバタ大騒ぎになっちゃって・・・。

結局、忍犬達の事をすっかり忘れていた。




「勝手に帰ったりしないの?」

「勝手に帰っちゃうような我儘な奴もいるみたいだけどね。アイツらには、『オレの命令は絶対だ』と厳しく躾けてあるから、それはあり得ない」

「へぇ・・・、凄いのね」

「多分、犬塚家あたりに世話になってると思うんだ。・・・ちょっと様子を見てきてくれないか?」

「うん、分かった」

「で、もし世話になってたら・・・」




ポーチの中から小さな札を取り出して、さらさらと何かを書き込んでいる。

そして、シュシュシュ・・・と素早く印を結び、その札になにやら術を仕掛けた。




「これ使って、オレの代わりに口寄せを解いてやってくれ。額に当てて、『解』と唱えてくれればOKだから」

「えっ、契約者じゃなくてもいいの?」

「あー、そのための術札なのよ、これ。これがあればサクラにでもできる」









という訳で――


私は、キバくんの家を訪れていた。

里の中心から少し離れた、鬱蒼と生い茂る雑木林に囲まれた大きな家。

裏庭の方からは、犬の鳴き声が威勢良く聞こえてくる。

犬小屋がそっちにあるんだろう。なら、裏に廻ればいいのかな・・・。




「お邪魔しまーす・・・」




門をくぐり、奥に向かおうと一歩足を踏み入れる。

きょろきょろと辺りを窺いながら鳴き声を頼りに歩を進めていると、ちょうど裏から赤丸を連れたキバくんがやってきた。




「あれ、サクラじゃねーか。珍しいな、何か用か?」

「あーちょうど良かったー・・・。あのね、カカシ先生の忍犬なんだけど、キバくんちに来てる?」

「ああ、カカシ先生具合悪いらしいから、オレんところで預かってるけど・・・、どうかしたのかよ」

「うん。カカシ先生に『代わりに口寄せ解いてきて』って頼まれたの。だから・・・」

「おっ!じゃ、カカシ先生具合良くなったのか!」

「えへへ、お陰様で」

「そうか、そりゃ良かったなー!」




そう喜んでくれたキバくんの顔が、一瞬「あれっ?」というような怪訝な表情に変わった。




「なに?」

「あっ・・・い、いや何でもねぇよ!・・・ちょっとそこで待ってろ。すぐに連れてくっからさ!」




取って付けたような笑顔を浮かべ、赤丸をその場に待たせると、そそくさと裏庭の方に駆けていく。

絶対、何か誤魔化した・・・。

私の顔に何か付いてるんだろうか?

慌てて手鏡を取り出してチェックしたけれど、別におかしい所は見当たらない。

腑に落ちぬままキバくんを待っていると、

「お待たせっ!」 やがて、忍犬達をぞろぞろと従えてキバくんが戻ってきた。




「・・・じゃ、オレはこれで。今からコイツと散歩なんだ。カカシ先生によろしくな!」

「うん、分かったー。どうもありがとうねーー!」




木立の中に消えていくキバくんと赤丸を見送り、改めてカカシ先生の忍犬達に向き直る。

大きいのから小さいのまで・・・。

大小様々な八匹が、じっと私の顔を睨んでいた。



うわ・・・。さすが忍犬、迫力が違う・・・。



カカシ先生の犬だと分かっていても、正直、足が竦む思いだった。

とても犬とは思えない鋭い眼光を遠慮なく投げ付けながら、いつの間にか私の周りを一分の隙もなく取り囲んでいる。

敵意は見せてないが、事あらばすぐにでも飛び掛れるような張り詰めた緊張感を身体中に漲らせて、私の挙動を余す事無く凝視していた。

・・・つくづく、彼等が敵じゃなくて良かったと思った。




「え、えーと・・・」

「おい、小娘。カカシは一体どんな塩梅なんだ?」

「あ・・・、あのね。さっき意識が戻ったの。まだ本調子じゃないけど、もう大丈夫。すぐに良くなると思うわ」

「そうか・・・。そりゃ良かった」

「それでね。先生から、あんた達の口寄せを解くように頼まれてきたんだけど・・・。ちょっと、みんな大人しくしててくれる?」




気を取り直して、ごそごそとポーチから札を取り出す。

カカシ先生に教わった通り、犬達をお座りさせて額に札を当てれば良いだけの事なのだが、実はこれがとんでもなく難しい作業だった。

だいたい、一匹として私の言う事を聞いていない。

「お座り!」といくら言えども、好き勝手に私の傍に擦り寄ってはクンクンと鼻先を押し付けて、あちらこちらの匂いを嗅ぎ回るのに余念がなく、

五秒、いや一秒たりともじっとしていなかった。




「ねー、何そんなにクンクンしてんのよぉー。ちゃんとお座りしてくれないと、口寄せ解けな――

「おい小娘。どうもさっきから、カカシの匂いがプンプンして落ち着かねーんだがなぁ・・・」

「え・・・?」

「お前・・・、ここ来る前に、カカシと何してやがった?」

「はぁ!?・・・な、な、何って・・・」

「なんだ?聞いちゃマズい事かよ、オイ」

「ば、馬鹿な事言わないでよ!べ、別に疚しい事なんてしてないわよ!」

「疚しい・・・。お前ら疚しい事しようとしてたのか」

「だから違うって!」

「だいたい、疚しい事って何なんだオイ?」

「え・・・そ、それは・・・」





くわぁぁぁぁぁ!

そんなの言える訳ないでしょうがぁぁーーーっ!!

う・・・。

なに、にやけてんのよ、みんなして・・・。





「な、な、何だっていいでしょ!?・・・とにかく私はカカシ先生の看病を、付きっ切りでしてたのっ!」

「ほー、看病ねー・・・」





あぁぁぁ、もう!

なに想像してんのよ、コイツらっ!!





「ちょっ、何変な事考えてんのよっ、この馬鹿犬ーっ!」

「馬鹿犬ぅ?聞き捨てなんねーぞ、コラ」

「うるさーーーいっ!何でもないったら何でもないのっ!」

「じゃ、なんでそんなに赤くなってんだ?」

「あ、赤くなんてなってないでしょーが・・・!」

「なってるじゃねーか」




ワンワンワンワンと他の犬まで一斉に同意し始めた。




「なにワナワナしてんだ。あ・・・、もしかして図星か?」

「う、うっさいわね・・・!もうあんた達、さっさと帰んなさいよぉーーっ!」

「やなこった」

「へっ?」

「主人以外の言い付けなんて聞く必要ねーんだしなぁ・・・」「ワンワンワンワン・・・」「ワンワンワンワン・・・」

「・・・・・・」






舐められてる・・・。

この私が、たかが犬如きに完全に舐め切られている・・・。

本当にこれが、厳しい躾の行き届いた賢い忍犬達なの、カカシ先生!?






「・・・く、くそっ・・・。負けるもんか・・・」

「あ・・・?」

「誰があんた達なんかに・・・!えーい、喰らえーーっ!解っ!解っ!解っ!解っ!解っ!解っ!解っ!解ーーーっ!」







ぽんっ!ぽんっ!ぽんっ!ぽんっ!ぽんっ!ぽんっ!ぽんっ!ぽんっ!










「はぁぁ、はぁぁ、はぁぁ・・・」









何なのよ・・・あいつら・・・。

私の事、一体なんだと思ってんのよ・・・。

もうやだ・・・。物凄く・・・疲れた・・・。